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たけやだより vol.48 その5

〈終わりに〉

 「人は変われない」とよく耳にしますが、そうでもないんですよね。
 久し振りに友人たちと新年会を楽しみました。琴を楽しむグループに、
この日お招き頂いたんです。
海の幸を、もうこれ以上は頂けないという程ふんだんに、贅沢に
堪能致しました。
 積もる話の内容は、
家族の介護に加え、孫のお世話の話し、
自身の体と頭脳に不安が募る日々のことなど等。
 三十年来の琴仲間のヨシ子さんが
「昔の貴女は、そりゃ琴はよく弾けると思ったけど、
今日みたいな集まりには
絶対誘わんかったね。
何年も会わない時期があってね~。
あなたが高橋先生のところで勉強してるっていう話は聞いていたけど、
再会したときあなた、別人になっとったんよ。
その時思った。
人間って本当に変われるんだ!ってね。」
 褒め言葉とは解っているのですが、
ちょっと哀しかったです。
やっぱり、今以上にひどい私だったんだ。
鼻持ちならない自分だったろうと想像に難くないのですが、辛いですね。
 そういえば、昔は琴の曲でも「独奏曲」が好きでした。
ひとりが楽だし思い通りに弾けるし。
でも今ではみんなとハーモニーを楽しめる合奏曲をよく選びます。
以前、友人の娘さんの希望で、
結婚披露宴で新郎新婦の入場の場面では
「ジュピター」を弾いて欲しい
と言われました。
三つのパートをひとりでは弾けないので、
多重録音をしておいて、当日ひとつ
のパートを弾こうと思ったんです。
全部のパートを自分が弾くんですから、
きっと思い通りの曲になる
と思っていました。
ところが、どうも勝手が違うんです。
自分の技術の未熟さに、まずは大きな原因があることは否めません。
それでも、違和感があるんですね。
当たり前のことですが、
演奏は「生きもの」なんですよね。
パートごとに呼吸をしながら、
交流をしながら曲になるんですね。
お互いに引き出されてゆく
ようなことも少なくありません。
何と言っても一緒に合奏する楽しさを
味わってしまった私です。

「もしも、昔のままの私だったら」
と思うと、恐ろしくなります。
ヨシ子さんという友人を失っているところだったんですよね。
もっともっと沢山の出会いを亡くしていたんですよね。

 〈私のお気に入り〉

佐世保五番街に「台湾楓」(タイワンフウ)という街路樹が何本か
植えられています。
ハウステンボスでも見かける木です。
私はこの木にぶら下がっている「実」が
とても気になります。
すっかり葉の落ちた裸木に沢山の実が
まるでボンボリのようにぶらぶらと。
雨にも強い風にも負けず。
「みんな、しっかりつかまって」
なんて掛け声が聞こえてくるような気がします。
大木を見上げる度に
ホッとして、「頑張ってるね」
と声をかけ、道端に落ちた木の実を
ひとつ、またひとつと拾って帰ります。
たけやのカウンターに幾つも置いてあるのが、それなんです。



  
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